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これは1975年7月23日〜28日に放送した番組を要約したものです。
被爆30周年記念の座談会に招かれ、林さんは長崎を訪れました。 かつて自分がシャッターを押した丘に今は国際文化会館が建っています。その屋上から、すっかり復興した長崎の街を見渡した林さんの目に涙が溢れました。 「ショックでした。たくましい日本人の姿と、30年前の瓦礫とがオーバーラップしました。 我々の素晴らしい生命力と英知は、復興した街と国際文化会館の建物が証明していますが、でも本当は、(長崎の町の)全部が忘れちゃならない悲劇の財産です。 長崎の人でなきゃわからないものがある、それはどんなことしても後世に伝え訴え続けてほしい、そう叫んでみたくなる気持ちでした。 原爆を忘れたい、すでに忘れている人が大半になってきた…、でも原爆を持った国は実験をどんどんやっています。 この30年、結局僕が今まで、こうやってネガを大事にとってきたのは、この運動は永久に続けなくちゃいけない、それを助けるのが僕ら写真を撮った者の役目だ、そう思ったからです。 そのためネガは大事にとっておくべきだと思いました。原爆を目の当たりにして、本当に恐ろしい体験したのは我々しかいないのですから。」
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| パノラマ写真 家並みは焼失し地面が剥きだしになった爆心地 |
447枚の貴重なネガフィルム、その寿命は30年が限度だと言われています。 「ネガは湿気と暑さが禁物なんです。私の家にはエアコンがありませんから本当に大変でした。 万を越える膨大な量のネガの中で、原爆だけはなんとかして良い状態を保ちたいと思っていました。 物置に置けば、夏の暑さで袋のパラフィンが溶けてネガにくっつくから、室内の、それも春夏秋冬それぞれ場所を変えて保管しました。 おかげでこの写真は発つ1週間前にのばしてきましたが、本当に昨日撮ったみたいな出来上がりです。 手持ちで撮るパノラマ写真は、10枚以上になると技術的に非常に難しかったですよ。 当時我々の処理技術は日本最高でしたが、それでも部分的に水洗いが浅くて、フィルムに銀が遊離して銀メッキしたみたいになる化学変化が起きています。 原爆フィルムも、必ずしも処理が均一ではありません。加速度的に劣化が進み、今後はピンホールみたいな黒点が出てきます。 だから処理や修正が必要になって、10年位たつと半分は焼いても調子がでてこないんじゃないかと思います。」
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| 長崎市に寄贈された398枚の被爆写真 |
「現物に近い状態のネガを作るには1ついい方法があります。 リプリントではなくて、リテイクしたネガを作るのです。印画紙に伸して撮影する複写ではなく、透明陽画のフィルムにして、それを後ろから製版カメラで複写する方法です。 アングルのディテールが非常によく出るし、これなら現物に近い状態のネガが出来ます。 帰ってから私が試作して完璧だったらお送りしますから、ご覧になれば納得出来ると思います。 最高の処理をすれば、また30年〜50年はもちますから、その方法が一番いいと思います。 映画フィルムも限度がきていて、劣化する時期は遠からず来ます。今までは私費を投じて守ってきたんですけれど、もうここらへんでくたびれました。 使用に関する問題を解決して、長崎市の財産として、この地球に長崎が存在する限り有効に使って頂きたいというのが、私の念願なんです。」
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原爆の大きさ 人の被害 |
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物理的被害 |
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